ふと水を飲もうと蛇口に伸ばした手を止めた。 そういえば、水道水飲めなくなったんだっけ。 手に持っているコップを蛇口から離し、 ハンドルをひねって出てきたわずかに濁った水を見てインテレオンは顔を顰めた。 仕方ない、買いに行くか。

時計は夜の11時を指している。 玄関のドアを開けると暖かい空気が体を包む。 目の前には彼が暮らしている街の風景が広がっている。 エレベーターを通り過ぎて下り階段へ。 数か月前に故障して、 管理人に問い合わせたがいまだに直っていない。 そのため彼は、彼が住むマンションの5階まで、 外出の用があるたびに階段を往復している。 もともと非常用として作られた階段は暗く、せまい。 晴れている日もほとんど陽の光は入ってこない。

階段を1階まで降り、自動販売機で水を買う。 3本くらい買っておこう。 千円札を自動販売機につっこみ、ボタンを押す。 下からガコン、と音がして、 自動販売機はボトルの存在を彼に知らせた。 続けてもう2本買おうとボタンを押すが、断続した電子音が鳴る。 ボタンから指を離すと、そこには”売切”の赤い文字が暗く点灯していた。

硬貨返却のレバーを押し下げ、先程買った水のペットボトルのキャップを開け、流し込む。 乾いたのどに潤いが戻ってきた。 一気に半分飲み干し、口を離し、一息つく。 コンビニを探しに、町の中心部に向かう。 数年前までは、この街には活気があった。人口は多く、中心部は当然ながら賑やかだった。 彼もこの街の明るさに惹かれて引っ越してきた。 しかし、ある時から活気が急激に失われていった。

新型のポケルスの流行である。 長めの潜伏期間を経て風邪のような症状から始まり、 次第に症状が重くなっていき死亡する可能性もあるその感染症は社会を混乱に陥れた。 街からは賑わいが消え、商店街にはシャッターが次々と下ろされていき、そのシャッターは再び開くことはなかった。 誰もが感染の恐怖から逃げようと家に閉じ籠った。 しかし住民たちはそれにばかり気を取られ、 経済が危機的状況に陥ったことによる貧困の恐怖には気付かなかった。

交差点に立つ案内看板は、変わらずに(しかしいくらか錆びたようだが)この場所に立っていた。

← 250m 市民プラザ 市役所 300m →

市民プラザと書かれた方が中心地だ。 市民プラザも、今はもう無い。 市役所が無くなるとこの看板の役目も終わるのか。

左に曲がる。 舗装された道路は、中央の追越禁止を示す線が消えかかっていたが、今も残っている。 車の通りもずいぶん減った。 彼も車を持っていたが、生活費のために売り払ってしまった。 新車で買って数年間乗っただけなのに、売値は高いとは言えなかった。

歩道を淡く照らす光が見えた。 コンビニだ。 彼はやや足を速め、コンビニの前に立った。 やはりここも、街の衰えに倣って古びていた。 自動ドアを手動で開けて中に入る。

いらっしゃいませ、と店員の声が聞こえてきた。 どうも、と短く返して、飲料コーナーへ。 水の入ったボトルが綺麗に並べられていた。 多めにそれを手に取ってレジに向かう。 レジスタが商品をスキャンする電子音が店の中に響く。

ペットボトルが入ったレジ袋を受け取ったときに、 最近の様子について聞いてみた。